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いばらきの文化財

県指定 有形文化財 彫刻

木造大日如来坐像・如来坐像

もくぞうだいにちにょらいざぞう・にょらいざぞう

笠間市

像底を上底式に刳(く)り残す手法、大日如来像の髻(もとどり)の背面、渦巻きを左右対称に3段表わす点に鎌倉時代の仏師運慶の影響が見られます。卵型の頭部、腰布の縁が波打つ点は運慶の次の世代に活躍した肥後定慶の作風に近いと見られます。同じく楞厳寺(りょうごんじ)の建長4年(1252)作、千手観音菩薩立像(国重要文化財)は笠間時朝(1204~1265)が発願して造像したもので、やはり定慶の作風に類似します。大日如来坐像と如来坐像二軀の制作時期も鎌倉時代中頃と見られます。特に大日如来坐像は端正な容貌、繊細な毛筋の彫りと洗練された天冠台など肥後定慶周辺の慶派仏師の作と見られます。如来坐像二軀は正面で衲衣(のうえ)初層を大きく表に出す着衣法が運慶作、興福寺北円堂弥勒如来坐像に倣ったものです。大日如来坐像に比べてやや完成度は低く、弟子の作と見られます。
金剛界五智如来のうちの三軀が残ったものと考えられます。金剛界五智如来は、智拳印を結ぶ大日如来と阿閦(あしゅく)如来・宝生如来・無量寿如来・不空成就如来のことを指します。如来坐像(その一)の台座蓮肉左方に「阿閦」と読めそうな墨書が確認され、金剛界の密教修法が行なわれたことが知られます。これらの像も笠間時朝が造像に関与した可能性が考えられます。
鎌倉時代中期の慶派仏師の作例として貴重なものと言えます。

木造大日如来坐像・如来坐像

3軀
寸法 大日如来坐像 像高60.9cm
如来坐像その一 像高34.9cm
如来坐像その二 像高34.3cm
指定年月日 令和4年12月26日
所在地 笠間市片庭775
管理者 楞厳寺
制作時期 鎌倉時代