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いばらきの文化財

国指定 有形文化財 彫刻

重要文化財

木造 薬師如来及両脇侍像(附銅造胎内仏)

もくぞう やくしにょらいおよびりょうきょうじぞう(つけたりどうぞうたいないぶつ)

城里町

中尊の薬師坐像は檜材の木造、割矧造(わりはぎづくり)で、像高137.8cmです。螺髪(らほつ)、両眼、口、頬の肉付けなど力強い厳しい表情で、胸前肉取りも厚く、骨太の量感豊かな状況が見てとれます。
ただ、衣文(えもん)にはなめらかなおとなしい平安時代の様式も見られます。
構造は頭、身体部とも前後二材で作り、両耳の後で前後に割矧、内刳(うちぐり)をしています。
これらは鎌倉時代初めの技法と思われます。その像内に平安時代の作とみられる像高4.3cmの銅造薬師坐像が納められています。
光背(こうはい)は、当初からのものは二重円相(にじゅうえんそう)で、周縁の牡丹唐草透彫(ぼたんからくさすかしぼり)と光脚は後世の補作で、とくに、下敷茄子(したしきなす)と獅子形の台座は室町時代の作と思われます。
両脇侍像は一材の杉材で、前後の割矧も中尊とは作風が相異し、鎌倉時代の様風を示していますが、それよりも年代は降ると思われます。
薬師坐像は、石塚氏が佐竹氏の命により石岡市片野に移ったとき、同地へ曳寺となった佐久山浄瑠璃光寺の本尊であったといわれています。

木造 薬師如来及両脇侍像(附銅造胎内仏)

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寸法 薬師如来坐像:像高137.8cm
胎内仏(銅造薬師坐像):像高4.3cm
指定年月日 明治44年8月9日
所在地 東茨城郡城里町石塚1423
管理者 三嶋智祐
制作時期 薬師如来坐像:鎌倉時代
胎内仏:平安時代
両脇侍像:室町時代