いばらきの文化財

国指定 有形文化財 歴史資料

重要文化財

鷹見泉石関係資料

たかみせんせきかんけいしりょう

古河市

下総国古河藩家老鷹見泉石(1785.6.29~1858.7.16)の洋学、地理学をはじめとする科学技術などに関する幅広い学問の事跡と譜代大名家の家老としての情報収集のあり方を示す資料群です。
泉石は、寛政8年(1796)12歳で江戸詰となり藩主に近侍し、天保2年(1831)には47歳で家老職に就きました。老中を勤めた古河藩主土井利厚(どいとしあつ)及び土井利位(どいとしつら)の2代に仕え、これを補佐しています。オランダ通詞(つうじ)の中山作三郎・足立左内・潁川君平(えがわくんぺい)、蘭学者の渡辺崋山、桂川甫周、地理学者の箕作省吾(みつくりしょうご)、砲術家の高島秋帆(たかしましゅうはん)、海外渡航者の大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)、画家の谷文晁(たにぶんちょう)・司馬江漢(しばこうかん)などと親交を結び、舶載の文物を収集、『新訳和蘭国全図』を刊行しました。ペリー来航時に建言書『愚意』を書いて、開国通商・富国強兵を唱えました。
鷹見泉石関係資料は、鷹見家に伝来した資料群のうち泉石の職務および学問的関心から作成・収集された資料で、文書・記録類、絵図・地図類、書籍類、書状類、絵画・器物類に大別されます。
本資料は、明治39年(1906)東京帝室博物館において開催された「嘉永以前西洋輸入品及び参考品」の特別展観に出陳されたことによって、学術的価値の高さが注目されることとなりました。その後、鷹見家において大きな散逸なく伝来した資料群は、平成7年および同14年に古河市に寄贈され、古河歴史博物館において広く公開に供されています。
泉石が永年にわたって収集した知識や文物は、渡辺崋山、川路聖謨(かわじとしあきら)をはじめ多くの人物の求めるところで、幕政にあたる藩主の職務に貢献したことはもとより、洋学界にも寄与しました。
本資料の総体は、幕末の政治、外交、文化の中枢の動きを伝える資料群として貴重です。

鷹見泉石関係資料

3,157点
指定年月日 平成16年6月8日
所在地 古河市(古河歴史博物館保管)
管理者 茨城県古河市
制作時期 江戸時代